今日あった「違うのに!」
コーヒーを飲みたいわけでもないのに喫茶店へ行く。
数日前、僕はその店に傘を忘れて帰っていた。
「ここで傘忘れちゃったんですけど」
と入り口で出迎えてくれた店員さんに言うと
「いつぐらいですかね?」
「多分三日前ぐらいだと思うんですけど」
「どんな傘でした?」
「ビニール傘です。透明の。普通のやつです」
「少々お待ち下さい」
店員さんは店の奥に入り、それから透明なビニール傘を5本持ってきた。
「この中にありますか?」
ああこれだな、と思う、はっきりと見覚えのある傘があったので僕はそれを指さして、
「ああ、これです。ありがとうございます」
とお礼を言って受け取った。
受け取って、それからふと店員さんの顔を見ると、
呆れたような、人を小馬鹿にしたような、実に不愉快な苦笑いの表情。
僕は何だこいつ、と思ったのだけど、まぁ用事も済んだので、店員さんに一礼して店を出た。
その帰り道、ぷらぷら自宅まで歩いている途中に、はっと気がついた。
僕の選んだ傘は、他の四本の傘と比べて、あきらかに新しくて綺麗だった。
思い返すと店員さんのあの顔は、
「こいつ、一番良い傘持って帰ろうとしてるやん。絶対自分の傘ちゃうやんそれ」
といった感じの表情だった。
なんてこった!違うのに!
このたまたま他の傘より綺麗なやつが!
僕の!本当に僕の傘なのに!
違うのに!
やさしい世界
才能がなくても努力すれば成功できるやさしい世界はやさしい世界と見せかけて才能がものをいう厳しい世界に変わりはないなぜなら努力できることも才能だから才能もなくひねもすよもすがらゆるゆると流れる時間を感じながらも何をするでもなく漠然と寝て起きるだけの生活を送る人間にも栄光と祝福を。
かしこい犬
おすわり→お手→おかわり→伏せ→待て→よし。
飼っている犬にこの手順でエサをあげていたのだけど、
今日、僕がエサを見せた瞬間に犬が「伏せ」の態勢を取った。
おすわり→お手→おかわり、の手順を撤廃し、
伏せ→待て→よし。という簡略化されたプログラムに改編しようとしているらしい。
そんな勝手なルール変更を認めるわけにもいかないので
僕はおすわりからやり直しさせる。
犬はしぶしぶ元の手順を消化してエサにありつく。
だがその目は諦めていない。
きっと明日もエサを見せた瞬間この犬は「伏せ」の態勢を取るだろう。
そんな目をしていた。
炎を操る能力
潰してはいけないって分かってるんだけどついつい潰してしまうなぁ、と思いつつライターの火であぶった針を右腕にできた水ぶくれに突き刺す。
あいた穴から膿の混じった黄色く濁った水がゆるゆるとあふれてくるのをティッシュで拭き取りながら気を失いそうなほどの目眩を感じる。
もう誰とも戦いたくはないと願う彼は明日も誰かと戦う。
ごっこ
客がステージに立ち、客が客を観て熱狂。
客しか存在しない箱。
ごっこ遊び。
若者の現実離れ
感情を1ミリでも自分の外側に出すと寿命が縮むような世界観で生きている人たちの死んだ目をとらえて離すことができなくなっているくらいに夢中にさせている対象はわざとらしいくらいオーバーリアクションに感情を噴出させて暴れまわる個性豊かなキャラクターたち。
能面がへばりついたような顔に空いた穴から低い笛のような音が漏れてきて耳をすましてよく聴くと「わかるぅ、わかるぅ」というようなことを言っているんだということがかろうじて判断できる。
お前らには一生何も分からない。